
7月5日(日)にKAAT神奈川芸術劇場 大スタジオにて、『空白の響き』Blanked Soundが開幕。初日レポートと舞台写真が届いた。
本作は、谷崎潤一郎『春琴抄』の佐助と春琴、19世紀アメリカの孤高の詩人エミリー・ディキンソン、そしてクメール・ルージュの恐怖の中で恋人への手紙を書き続けたカンボジアの女性フート・ボパナ。生み出した音楽や詩が、発表されず、改竄され、あるいは握りつぶされたにもかかわらず創ることをやめなかった人々の、時代も国も異なる三つの物語が、ひとりのナビゲーターの手によって紡ぎ合わされた作品。
全編オリジナル楽曲によるミュージカルで、今回の楽曲は、中川晃教主演『DEVIL』の音楽家として知られるWoodyPakが担当。しかも今回の楽曲の一部の歌詞は、Woodyと中川晃教の共作だ。
【初日レポート】取材・文 髙橋つばさ 撮影:松田ミネタカ
開幕、客電は落ちない。明るいままの空間に、人々がぽつり、ぽつりと現れ、いつのまにか、私たちが座る客席そのものが、巨大なライブラリーになっている。司書が告げる——ここには四千五百万冊を超える“蔵書”がある。手紙も、紙切れも、何気ない会話も、絵も、音楽も、ありとあらゆるものが。けれど、そのほとんどは、もう誰にも読まれない。
「見えるものより、見えないものの方が、ずっと広いのです」
『空白の響き』は、谷崎潤一郎『春琴抄』を軸に、十九世紀アメリカの詩人エミリー・ディキンソン、そしてクメール・ルージュ下のカンボジアで手紙を書き続けた女性ボパナ——時代も国も隔たった三つの物語を、一冊の本のように束ねてゆく。三人をつなぐのは、たったひとつの「聞こえるのは、私だけ」という旋律だ。
舞台に置かれるのは、本が一冊。大道具もセットもない。あるのは、音楽、照明、そしてヘアメイク・衣裳をまとった俳優の身体と声だけで立ち上がる、極限までそぎ落とされた表現に挑んでいる。
盲目の春琴は、自分の中にだけ鳴っている“まだ誰も聞いたことのない、ほんとうの音”を追って、撥を握り続ける。エミリーは、誰の指にも書き換えられない場所——“空よりも広い”自分の頭の中——から、返事のない世界へ詩を放つ。ボパナは、検閲をかいくぐるために、愛の手紙を神話の物語に偽装してまで、最後の一行を書き終えようとする。三人とも、世界に合わせない。だから“ノイズ”と呼ばれ、矯められ、嗤われる。それでも、やめない。届かないから、やめられない。
この作品の鋭さは、“言葉が殺される瞬間”を真正面から描くところにある。エミリーの詩は、よかれと思った一文字の校正で“標本”に変えられてしまう。点をひとつ打たれ、勝手な題をつけられ、ひとつづきだった息が真っ二つに切られる。ボパナの私的な言葉は、制度の名のもとに奪われる。春琴の生き方は、世間の噂のなかで歪められてゆく。整え、名づけ、棚に並べること——その“親切”が、どれほど暴力になりうるか。観ている私たち自身が、いつのまにか加担者の側にいた、と気づかされる場面が、終盤に待っている。背筋が冷えた。
そして、音楽だ。Woody Pakの楽曲は、“響き”というテーマそのものを担っている。春琴が佐助に稽古をつける《What Breaks Me Blinds Me》の張り詰めた打擲のリズム、エミリーと文学界の規範がぶつかり合う《Song Battle》の高揚、ボパナが炎のなかで愛を貫く《The Trial by Fire》——どれも、ただ美しいだけではない。そして、登場人物それぞれの逡巡である《Hidden Feelings》。声にならなかった叫びが、音になって初めて立ち上がる、震えがある。

図書館に迷い込んだ男を演じるのは、中川晃教。その歌唱、心の機微、表情のすべてが、ミステリアスで神秘的だ。憂いを抱え、何かを胸に秘めたまま迷い込んできた——そんな男の輪郭が、声とまなざしから静かに立ちのぼる。それぞれの物語で相手役と対峙するときも、図書館の男としてただ佇むときも。多くを語ればネタバレになるので控えるが、今回は中川自身が歌詞も手がけており、日本語が、言葉が、彼のなかで確かに息づいているのが見える。言葉が、体に馴染み、ふと見せる表情でさらに情景が眼に浮かぶ。まさに、作品を体現している。春琴が鳴らしそこねた、その途中の音まで、誰にも言わず書き留めている佐助の姿、佐助の春琴への名前のつけられない想いが、静かに深く描かれている。

エミリーを演じる剣幸の秀逸さも、書いておきたい。“私の頭の中は空よりも広い”——その一節そのものに、彼女はなっている。創造力と想像力が全身から湧き上がってくるのがわかるのだ。愛らしく、そして何があっても想像することをやめないエミリーの姿は、役に真摯に向かい続ける剣そのものと、重なって見える。

真風涼帆は、新境地の開拓だ。得意とする身体表現に伸びやかな歌声が加わり、物語の鍵となる役どころを、ときにあたたかく、ときに切なくときに大胆に演じる。相手役を見つめる、あの穏やかで、全てを包み込む表情は、いまの真風だからこそ出せるあたたかみだろう。

急遽の参加となった大矢臣は、変声期を経ての、五年ぶりの舞台だという。ピンチヒッターとは、まるで感じさせない。堂々として、そして若い彼だからこそ届く、素直でまっすぐな表現が、そこにあった。



ほかにも、難役のボパナに挑んだ橘、作品に渋みを添える松井、愛らしさのなかに芯の強さを宿す井澤・鞆のダブルキャストの存在も、舞台を確かに支えている。
また、このキャスティングの妙は、最後の最後で回収される。歌詞と、情景と——それらが重なり合ったとき、尊さという概念が姿を現す。

『空白の響き』は、声高な物語ではない。むしろ、そぎ落とし、抽象化し、純粋化してゆく。舞台に残るのは、聞かれなかった言葉たちの、パーソナルで、小さく、繊細な手ざわりだ。けれど、その小ささが、社会の喧騒と対比されたとき、とてつもなく大きく響く。
ひとりの男が、三つの物語を読み終える。彼が最後に得るものが何なのか——、観客一人ひとりのまなざしに委ねられている。答えは劇場の、あなたの席にある。
聞かれなかった言葉に、もう一度、手を伸ばすこと。それは、わがままだろうか。世界の声に合わせない、ただのノイズだろうか。“空白”のなかから立ちのぼる響きを、ぜひ、その耳で確かめてほしい。





7月12日(日)までKAAT大スタジオ、7月15日(水)〜7月26日(日)まで東京芸術劇場シアターウエスト。当日券は毎日若干枚数販売あり。チケットぴあでは開演の30分前まで残席がある限り当日引換券も販売中。
また本公演のBlu-ray化も決定した。発売記念のミニコンサートも年内に実施。詳しくは公式HPをチェックしてほしい。
ミュージカル『空白の響き』Blanked Sound
2026年7月5日(日)~7月12日(日) KAAT 神奈川芸術劇場大スタジオ
2026年7月15日(水)~7月26日(日) 東京芸術劇場シアターウエスト
原作:谷崎潤一郎「春琴抄」ほか
Book & lyrics:Musical Blanked Sound Project
Lyrics:Woody Pak/中川晃教
Muisic:Woody Pak
Assistant to Composer & Orchestrator:Johnny (Tzu-Yang) Ho
演出:タカイアキフミ
演出補:郷田拓実
【出演】
中川晃教
島 太星・松井 工・橘 未佐子・大矢臣
井澤美遥・鞆 琉那(Wキャスト)
真風涼帆
剣 幸
公式HP:https://shunkinproject.com


















