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【第36回東京国際映画祭】注目のアジア映画「離れていても」

コロナ禍の自粛も解除され活気が戻ったことが感じられる2023年の【第36回東京国際映画祭】。
昨年は上演本数が少なく寂しかった中華圏の作品も、今年は中国、台湾、香港からバラエティに富んだ作品が数多く上映された。ゲストの来日も多く、ゲストがQ&Aに登場した回はもちろん、ゲストの登場は無くとも、劉徳華(アンディ・ラウ)や古天楽(ルイス・クー)という長年香港映画界を背負ってきたトップスターが主演する商業映画も上演され、多くの観客でにぎわった。

さて、そんな中華圏の映画からご紹介するのは、監督とキャスト6人がQ&Aに登壇した「離れていても」(原題:但願人長久)。

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左より:ウー・チェンホー、ウー・カンレン、サーシャ・チョク監督、クロエ・フゥイ、ヨーヨー・ツェー、アンジェラ・ユン、ナタリー・スー

本作は監督のサーシャ・チョク(祝紫嫣)にとっては、短編を含めて4作目の作品で、自身の半生を描いた小説が、香港電影発展局による電影發展基金の第六屆「首部劇情電影計劃」で入賞し映画化が実現した。(昨年の東京国際映画祭で上演された曾憲寧(アナスタシア・ツァン)監督の「消えゆく灯火」のも同じプロジェクトの入賞作だ)
スタンリー・クワン(關錦鵬)がプロデューサーを務めており、チョク監督は香港では「スタンリー・クワンの弟子」とも紹介される期待の監督だ。香港政府が、若い映画人の育成に力を入れていることが伺える。

物語は1997年、香港の中国返還の年に中国・湖南から香港に移住してきた両親とふたりの娘が主人公。一家の姿が、主に1997年には小学生の、2007年には思春期の、2017年には成人した娘の目を通して描かれ、その年齢に相応しい俳優がリレーして演じる。成人した長女役をチョク監督自身が演じるのも楽しい。
それ故に来日キャストがこの人数に。「一家揃って来られて楽しい」とファミリー感が満載だった。

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Q&Aではチョク監督は、この脚本を書いた理由を「私自身も湖南人で、子供の時に香港に移住したので、香港ではアウトサイダーであり、大学で海外留学したときもやはりアウトサイダーでした。湖南にいても、異郷にいても、アウトサイダーだったという自分の経験をこの脚本に入れ込みました」と答えていたが、それが大きなテーマのひとつだろう。

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父親役を演じたウー・カンレンには観客から「これまで正義の側の役柄が多い印象なのですが、今回のダメなお父さん役を引き受けた理由を教えてください」という質問が出た。「実は台湾でもたくさん悪人役をやっているんですよ」と笑い、「この香港映画の脚本が大好きで、それに加えて、昨年、父が亡くなり、ちょうどその頃にこの脚本を受け取り、台本を読んで、とても驚きました。父と子の関係が自分の経験にも似たようなことがあったので、この役は絶対受けようと思いました」と答えていた。
吳慷仁は、2007年頃のデビュー時はアイドルドラマ出演の印象が濃かったが、2016年に「一把青」で金鐘奨の主演男優賞受賞以降は、ほぼ毎年のように様々な主演男優賞を獲っている実力派俳優。本作でも家族を思いながらも身を滅ぼしていく父を見事に演じた。
彼のドラマは「ママ、やめて!」「模倣犯」など多くをNetflix でも見ることができる。

さて、映画祭のオフィシャルページには、本作について「香港返還の1997年に始まり、10年おきの2007年、2017年の3部からなる一家族の年代記。父と娘をめぐる20年の歳月に香港社会の変化が映り込む」と作品紹介がされていたので、実は「香港社会の変化」がどのように描かれるのか、注目していたのだが、その点についてはあまり具体的に描かれることがなかった。
でもそれは原題が「但願人長久」であることに気がついたときに、納得できた。

「但願人長久」は、宋代の蘇軾の有名な詩。“人には出合いと別れがあり、月には満ち欠けがある。それはいかんともし難いが、せめて長く健康で、千里の距離を離れていても、同じ月の美しさを愛でることで心をつなげていたい」というような思いが込められた詩だ。その詩をそのまま歌詞にしてテレサテン(鄧麗君)が歌い、フェイウォン(王菲)がカバーしたことで、多くの華人にとっては今も愛されている名曲だ。

複層的にテーマとメッセージを織り込んで、届けてくれた「離れていても」。
またいつか見直してみる機会があれば、違った感動をくれるような気がしている。

アジアの未来
「離れていても」
Fly Me to the Moon[但願人長久]
監督:サーシャ・チョク[祝紫嫣]
ワールド・プレミア
キャスト
ウー・カンレン
サーシャ・チョク
アンジェラ・ユン  他
113分カラー広東語、北京語、湖南方言、日本語日本語・英語字幕2023年香港
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