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舞台『博⼠の愛した数式』インタビュー 井上小百合 「人間の奥底を具現化していくような、リアリティーのある作品」

舞台『博⼠の愛した数式』が、2023年2⽉11日(土)~16日(木)に、まつもと市民芸術館小ホールにて、2月19日(日)~26日(日)に、東京芸術劇場シアターウエストにて上演される。
原作は第1回本屋⼤賞を受賞作した小川洋子の小説で、2006年には映画化もされている人気作だ。
描かれるのは、交通事故による脳の損傷をきっかけに、記憶が80分しか持続しなくなってしまった元数学者「博⼠」と、彼の家政婦「私」と、その息⼦との悲しくも温かな物語。

今回Astageにご登場頂くのは、「博士」から「ルートくん」と名付けられた家政婦の息子役を演じる井上小百合さん。
本作で初めて挑戦する少年役への役作りについての思いを、自らの経験に重ねつつ語って下さいました。

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―本作への出演依頼を受けた時の感想を教えてください。
元々この作品を知っていましたし、映画も見ていたので、お話が来た時にはとても嬉しかったのですが、まさかルートくん役だとは思わなくて「どうする?」「新しい壁がまた出てきたな」と嬉しさと同時に難しさをと感じました。

―壁が出てくると嬉しいですか?
壁が見えているから「乗り越えれば、次に行けるかな」と思えますが、何もないと心配になってしまうんです。だからまた壁が見えて嬉しいです。

―壁が高ければ高いほど燃える方ですか?
そういうタイプだと思います。

―なぜルート役に選ばれたのか、お尋ねになりましたか?

聞いてませんけれど、串田さんに「(ルートくんと同じように)頭の形が平らだから、選ばれたんじゃないか」と言われました。(笑) 「ピッタリだ」と言われて嬉しかったです。

―新しい挑戦というのは、男の子役ということですね。なぜ難しいと感じたのか、教えていただけますか?
私はこれまで外見的な印象からか、女の子っぽい役が多かったのと、最近では年齢的にも学校の先生役などが増えてきたので「これからは、そういう方向に進んでいくんだろうな」と思っていたので驚きました。男の子役は初めての挑戦で、しかも演出の加藤拓也さんはリアルで写実的な演出をする方だという印象があったので「私が浮いてしまったらどうしよう」という気持ちになりました。

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―お稽古が始まって、加藤さんとはお話しされましたか?
いっぱいお話をしました。加藤さんが「博士のような病気が実際にあるかどうか?おそらくは無いだろうから、作品自体がファンタジーだけど、すごくリアリティーのある作品だから、“リアリズムなおとぎ話”をテーマにしましょう」とおっしゃったので「なるほど」と思いました。私がルート役を演じるのもファンタジーではあるので、どうリアルにするのか。技量が試されている感じがしました。
ただ加藤さんが「とってもシンプルなお話だから、考え過ぎたり、作り込もうとしたりせず、シンプルに行きましょう」とおっしゃってくださり、私も「子供はシンプルに物事を考えるし、斜に構えている子供はいないから、純粋に無垢に色のついてない状態で存在できるように」と考えています。

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―子供の頃の井上さんは男の子っぽかったと聞いたことがあります。だとしたら、自然体でできそうですか?
ルートくんは、とっても可愛くて賢くて、ほんとに真っすぐないい子ですけれど、私はねじ曲かった子供だったので。(笑)
お母さんの前でルートくんが泣いてしまうシーンについて、ルートくんの感情、葛藤を加藤さんに相談した時、「ルートくんは泣きたくないけど涙が出ちゃう。泣くと同時に、泣きたくないっていう気持ちも持っていてほしい」と言われて「ちなみに、井上さんは親の前で泣いたことありますか?」と尋ねられました。私の場合は、とにかく「大きな声で泣いて親を困らせてやろう」と考えている子供だったんです。そういうルートくんとは真逆な子供だったので「純粋に可愛らしくいられるかな」と葛藤してます。(笑) 「色をつけないようにしよう」と思っていること自体、もう色がついてしまっているような気がして難しいです。

―その役作りにモデルはいますか?
友人のお子さんをモデルにさせてもらっています。ほんとに可愛いくて、まっすぐでいい子なんです。ちょっと「大人と対等に話したい」というところもあって、数学で博士に勝てるわけもないのに「自分もわかるよ」と博士と一緒に宿題をするルートくんの姿と重なるところがあります。
ルートくんは、大人になっていくにつれて、博士に対して敬語になっていきますが、子供の頃はタメ口なんです。その邪念のない感じや、博士がつい可愛がってしまうような人に好かれる要素をそのお子さんも持っているようで、モデルにさせてもらっています。

―ご自身と重ねてしまうところはありますか?
祖母が認知症気味で、もう私のことも忘れてきていて、「こんにちは」と挨拶されたりすると「もう私の知っているおばあちゃんじゃないんだ」と悲しくて泣けてしまいます。
ルートくんも自分の誕生日に、自分の存在を忘れられたときには、「博士は病気だから仕方ない」と自分の中で咀嚼しようとしていると思うのですが、その感覚は私と似ていると感じます。

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―作品自体の魅力について、どう感じていますか?
小説を読んだ時は、言葉選びがとても素敵だと思いました。ただ“夕方”と言ってもいいところを“夜まで少しの猶予がある”と表現されていたり…。 加藤さんもおっしゃっていたのですが、匂いまで感じ取れるような描き方に美しさを感じました。
そして台本を読んだ時には、記憶がどんどんなくなってしまうことの残酷さが、すごくリアルに伝わってきました。物語的には美しいけれど、美しいものはすごく儚い。美しい物語の中に残酷さもあります。
今、谷川さんに生演奏をつけていただきながら、ワークショップのようにお稽古が進んでいます。加藤さんは谷川さんに「このシーンでは、“パリの雨の日の匂い”というテーマで弾いてください」などとリクエストされるんですよ。そんなリクエストに、よく瞬時に応えられるなと思います。その音楽を聞きながら生まれる感情で、お芝居も変わってきたりするので、その化学反応を楽しみながら稽古をしています。その時に生まれた気持ちや匂いを、どのぐらい舞台で表現できるのか。難しいなと思っています。

―さて、本作が井上さんの2023年の1作目ですね。今年の抱負を教えてください。
中学生ぐらいからずっと舞台がやりたくて、ようやく舞台に少しずつ携わらせていただけるようになって、グループを卒業して「もう一度、一人に戻ったな」というのが2020年。一人に戻ったのですが、いろんな方が私を支えてくれていて「意外と一人じゃないな」と気付いたのが2021年でした。「その方々に恥じないようにやっていこう」という気持ちが、私を次のステップに進ませてくれた気がしていたのですが、2022年は自己嫌悪に陥ることがたくさんあって、その中で学ぶこともいっぱいあって、もう一度、自分を見つめ直した年でもありました。
2021年が周りとの関係に向き合う年だったとしたら、2022年は自分としっかり向き合う年だったので、今年はそこで得たものを自分のエネルギー源として燃やしていく年にしていかなければと思っています。
当初はグループで私のこと知ってくださって観に来てくださった方も多いと思うのですが、最近は出演した作品を通して私を知って観に来てくださる方も少しずつ増えてきてるような気もしているので「“俳優・井上小百合”としてしっかり存在できるように」と思ってます。

―最後に、あまり演劇に馴染みのない方や、原作小説や映画のファンの方に、本作をお薦めしていただけますか?
加藤さんが、語り手の近藤隼さんに「友達に話しをするような語りをしてほしい」とおしゃっています。なので、演劇やお芝居を観に来た観客ではなく、ひとりの友人として話を聞いてくださったらいいなと思っています。それは映画やドラマを見るのとはまったく違う体験だと思います。物語の中の生活に入り込んで、一緒の時間を過ごす不思議さや、このファンタジーを楽しんで頂きたいと思っています。
私がこの作品に初めて触れた時には「すごく素敵なお話だな」と感じたのですが、加藤さんがこの作品の印象を 「静かで美しい湖で、湖面を波立たせないようにすっと手を入れた時に、湖面の下に毒があったというような作品だ」とおっしゃったのを聞いて、加藤さんの演出によって見方を変えると、映画や原作をご存じの方も、また全然違う楽しみ方ができるかもしれないと思いました。まだこの作品に触れたことがない方が、この舞台を観たらどういう感覚になるのか、すごく楽しみです。
素敵な作品というだけじゃない。人間の奥底を具現化していくような、リアリティーのある作品になっていると思います。この感覚を是非、体験しにいらしていただきたい。
スタイリスト 中川原有
ヘアメイク 茂木美緒

舞台「博士の愛した数式」
原作:小川洋子『博士の愛した数式』(新潮文庫刊)
脚本・演出:加藤拓也
⾳楽・演奏:⾕川正憲(UNCHAIN)
出演:串⽥和美 安藤聖 井上⼩百合 近藤隼 草光純太 増⼦倭⽂江
<松本公演>2023年2月11日(土)~16日(木)
まつもと市民芸術館小ホール
<東京公演>2023年2月19日(日)~26日(日)
東京芸術劇場シアターウエスト
公式サイト:https://www.mpac.jp/event/38370/