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舞台『死ねばいいのに』シライケイタ&新木宏典インタビュー☆シライケイタ「座って喋っていても、これだけ面白いんだという作品にする」☆新木宏典「人が生きていく、その一部を切り抜いた生々しい演劇に」

京極夏彦の珠玉の名作『死ねばいいのに』が、2024年1月20日(土)―28日(日)に新宿・紀伊國屋サザンシアターにて上演される。
「姑獲鳥の夏」「魍魎の匣」「百鬼夜行シリーズ」や「巷説百物語シリーズ」など、数々のベストセラー作品を生み出してきた京極作品の中でも異色作として人気の高い「死ねばいいのに」を、2023年7月に座・高円寺の芸術監督に就任したシライケイタによる脚本・演出で舞台化する。

ミステリアスな主人公・渡来健也を演じるのは、今年6月に「荒木宏文」から「新木宏典(あらきひろふみ)」に改め、心機一転し活躍中の新木宏典。

シライケイタと新木宏典が、本作への思いを語ってくれた。

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新木宏典      シライケイタ

STORY
三箇月前、自宅マンションで何者かに殺された鹿島亜佐美。彼女と関係のある6人の人物の前に、渡来健也と名乗る無礼な男が「アサミの話を聞かせてほしい」と突然現れた。
健也との交わらない会話に、苛立ちや焦燥を顕にする6人だったが、彼の言葉にハッとさせられる。問いかけられた言葉により暴かれる嘘、さらけ出される業、浮かび上がる剥き出しの真実…。渡来健也との対話の先にあるのは…。

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―本作を手掛けようと思われた理由は?
シライ: 最初に「この小説を舞台にしませんか」と言われた時は、まだキャストは決まっていない時で「舞台にできるかな?」と思いました。ストーリーが大きく展開するわけでも、奇想天外なわけでもなく、2人だけの会話で続いていく、ある意味、すごく地味な作品ですから。ただ「これをエンターテイメントの世界で作品にしていいんだ」ということに驚きましたし、「それだったら、やれるかな」「やりたいな」と純粋に思いましたね。
どちらかという楽しいことやポジティブなものが求められているこの時代に、 これだけ人間心理に迫っていくような、人間の内面・深淵を覗き込むような作品は珍しいと思います。そもそも僕はそういう作品ばかり作ってきたわけですけれども、それをエンタメ作品として、新木くんのような大きなエンタメ作品で活躍してこられた俳優さんと一緒にやれるということに、とても惹かれました。
“僕がいつもやっていること”と“京極さんの持つ作り手としての魅力”を、どれだけ舞台の上に実現できるか、そして“新木くんの魅力を、どこまでこのストイックな作品で実現できるか”に一番興味があります。

―人間心理に迫っていけるのが作品のポイントですか?
シライ:そうですね。1対1でずっと相手の内面に迫っていく。そして最終的に、本人の望むと望まざるとに関わらず、自分の全てをさらけ出してしまうことは、実は演技の基本でもあるので。他者が他者を変えていく。そして他者の力によって自分の悩みが引っ張り出されるというのは、演技の最初の一歩。それだけで構成されている作品なので、オーソドックスな芝居合戦、演技合戦で作品を作れるんですけれども、それは裏を返すと地味な作品ということ。つまり、音楽を入れてとか、照明を派手にしてとか、派手なアクションがあってとか、そういう付随する要素では一切見せられない。演技で見せるしかない。「それをよく僕のところに持ってきてくださった」という思いもありますし、ただストイックなだけではなくて、小劇場でやるわけでもなく、エンターテイメントの世界で活躍してこられた俳優さんと一緒に作れるのは、ちょっとワクワクします。

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―新木さんは本作の出演が決った時にはいかがでしたか?

新木:嬉しかったです。お話いただいた時には、僕の実年齢とはひとまわり以上離れている役なので「僕で良いのかな?」とは思いました。他の俳優さんとのビジュアルのバランスがあると思うので「お声がけいただいたことにはとても感謝していますが、作品のバランスを見た上で、僕で可能なのかというところは判断していただいた方がいいかもしれないです」とマネージャーには伝えましたが、原作を読んだ時に「渡来健也と同年齢の若い俳優に渡来健也のキャラクターを受け入れる許容量は難しいだろう」「自分の感性のまま演じたら、渡来健也というキャラクターを表現するところにはいかないだろう」と思ったので、この小説を舞台として成立させるために、渡来健也の年齢を上げて、バランスを見直して作る必要があるんだなと思いました。その意味でも、この年でこういった難しい役をいただけるのは、すごくありがたいと思いました。

―1対1で6人と向き合う対話劇で大変そうですね。
新木:今、事前稽古として本読みを少しやり始めている段階で、詰めていくのはまだまだ先になりますが、「舞台化できるだろう」「朗読劇しやすいだろう」と思われるような原作なので、舞台化はすんなり受け入れられたのですが、読み合わせを始めて気付いたのは、読んでいるリアルタイムと、原作で進んでいく時間の流れの速さに違いがあるので、(渡来健也の)変化していく感情をお客様が受け取って砕いて心に響くまでに、大きな時間的なラグが生まれるだろうということです。それはあの小説を2時間の舞台に凝縮したからこそ生じたもので、(渡来健也の)変化していく感情をどれだけタイトに、でもリアリティを持って変化させられるのか。そこは役者のスキルに委ねられていて、すごくシビアな課題だと思っています。

-1対1の対話という地味な作品とのことですが、それを「エンタメ作品としてやる」とは、どういうことでしょうか?
シライ
:エンターテイメントにするからといって、歌ったり踊ったりするという意味ではなく、京極さんが描いたものをきちんとやるということ、きちんと作品として面白くするということです。だから、基本的に俳優は座ってるでしょうし、「座って喋っていても、これだけ面白いんだね」という作品にする。つまり、そこがエンターテイメントになっていけばいいんです。

-原作を1本の舞台にするために、ご苦労されたところを具体的に教えてもらえますか?
シライ:原作小説は心の声が多いので、この心の声の扱いをどうするかというのは、考えましたね。会話の間にモノローグを挟み込むという手法で、演劇でも心の声をやれないことはないので、最初はこの作品にはそれが必要かなと思って、台詞の合間に心の声の部分を早口でまくし立てる…みたいなことも考えて、一人目のシーンは書いてみましたが、全部を説明する芝居になってしまい、最後まで持たない。しかもすごく長くなってしまって、やめました。だから表に見えてる部分だけで勝負しようと。つまり、行動とセリフだけで、見えてない水面下の部分はきちんと演技で担保していく。想像してもらうという、極めて真っ当なストレートプレイを作ろうと腹をくくって台詞を紡いでいきました。心理面でのかなりのジャンプアップが所々にあります。原作小説では、心の内面を表現することで乗り越えている部分を、心の声を使わずに、しかも1人20分という圧縮した時間の中で紡いでいかねばならないので、「大丈夫かな」と思いながら、「でもやれるはずだ」という思いでやってきました。

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-その台本ですが、新木さんの台詞の量がとても多いのでは?
新木
:はい。最近はそういうことが多いです。(笑)

-以前、新木さんから「台本が出来ていないと言われないかぎり、(稽古に入る前に台詞を)覚えないという選択はしない」というお話を伺ったのですが、今回も稽古に入る時には台詞を覚えていかれるのでしょうか?
新木:たとえスケジュール的に難しいことがわかっていたとしても、稽古前に台詞を覚えていく努力を怠るのは言い訳でしかないと思うので、努力すべきだと思っています…という意味の発言だったと思います。稽古場で立ち稽古に入って演出が付く場合、台詞を落とし込んでおかなければ、演出をくみ取った上で、その台詞は言えないと思うので、それが理想だとは思っています。今回も(台詞が)入るといいですよね。(笑)

-京極さんから「すべては俳優のみなさんの身体で表現していただくよりありません」というコメントもありましたが、今のシライさんのお話を伺って、ますます俳優さんは大変そうですね。お稽古が楽しみですね。
新木
:稽古は楽しみですね。健也以外の役では、原作は心の声がたくさん書かれているので、その時々の感情の動きを知って心の動かし方をイメージするのにとても役立つ資料なんです。ただ健也については、心の声が書かれていないんです。でも対面した相手の間や目つきを感じとりながら、何をどう思って、その言葉(台詞)にたどり着いたのかを繊細に表現していきたいと思っています。
演劇では、お客様の感情は情報を受け取って脳で理解して心に届くまで0.3秒かかると言われているので、0.3秒早い表現を目指して演じています。それは先読みされないためにやっているのですけれど、健也の心の声は描かれていないので、相手との空気感や間を大切に繊細に表現していきたいと考えています。

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-シライさんは「これほど正直な人間を描いた物語は珍しい」と、公演告知のコメントでおっしゃっていましたが、渡来健也についてどのようなキャラクターだと捉えておられますか?
シライ:小説を読んだときには、渡部健也は自分の信念や信じたものに全くぶれない、常に 世界の中心にいる人間だと、こんな人はいないぞと思いました。なので、最初の演出プランとしては、渡来健也が中心にいて、周りの人が右往左往していると考えて、それを反映してもらったポスタービジュアルになっています。ただ、台本に起こしていった時に、そうじゃないかもと。丸写しでもいいから自分で文字を書いていくのと、他人が書いたもの読むのとでは、まったく捉え方が違ってくるんです。1度自分の感性を通して、この作品を捉えて、しかも小説では1人1~2時間も喋っているものを、舞台では1人20分ぐらいにしなきゃいけない。その20分をどういう風に生ききれば最終的に「死ねばいいのに」というセリフにたどり着くのか。渡来健也の相手役は自分の内面を引っ張り出されるような20分、そのシーンのおしまいで人間が180度変わっていくような体験を、たった20分の間にどうしたらできるのかを考えた時に、渡来健也が不動で周りだけが右往左往しても絶対そこにたどり着けなくて。
渡来健也もアサミという人間の生き方を探すことで自分を探している旅でもあり、「生きるってどういうことだ」「死ぬってどういうことだ」と、もしかしたら自分の死に場所も探してるのかもしれない。渡来健也がもしかしたら一番揺れている、動いてるんじゃないかと、台本を作る段階でちょっと思い直したんです。
渡来健也はもちろん正直なんだけど、ものすごく繊細にいろんなものをキャッチして、ただ一本筋の通ったところはきちんと出ている。だから公演は、ポスタービジュアルのイメージとも公演告知の際のコメントとも少し変わっているかもしれません。
これから稽古して俳優さんの肉体を通して考えた時に、もしかすると小説を読んでる時は気付けなかった能動的な渡来の他者に対する悪意や、渡来個人の怒りや悲しみなどにいっぱい気付くかもしれないと、脚本を作りながら思いましたし、本読み稽古をちょっと始めてみて、なんとなくそれが確信に変わりつつあります。渡来健也は動かないどころか、ものすごくエモーショナルな人なんじゃないかと、今思ってます。

-新木さんの現段階での健也の印象は?
新木:原作を読んだ時に、すごくシンプルな人だと思っていました。しがらみというか、社会で生きてく上で、なんとなく“そういうものだから”と受け入れてしまっている、刷り込まれているものから離れている。彼は自分でも「頭が悪い」と言い、社会に適応できていない。それがプラスに働いた結果、シンプルに生きていられる。人間の生き方としてシンプルな発言をするからこそ、麻痺して生きてきた大人たちには刺さりやすい言葉だったりするのかなと思っていました。台本を読んでいくと、彼は無欲に近いのかなと。お金持ちになりたい気持ちもないですし、女性と体の関係を簡単に持つようなタイプでもない。純粋に生きてるわけではなくて、模索してるのかなと。よくわからないことが多すぎるんです。何のために生きてるのかもわからなくなるぐらい欲がなくて、それは生きる目的を見失うことなのかもしれない。でも、その生きる目的に興味があるからこそ、動いてるのかなと思うと、悟りを開ききってない現代版ブッタみたいな感じにも、今は思っています。しっかりあの台本読みながら稽古して、相手とのかけ合いの中で感じられるにおいや空気感という動くものをしっかり拾って、人が生きていく、その一部を切り抜いた生々しい演劇というところにいければいいなと個人的には思ってます。

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-おふたりは、クリエイターとして俳優として、互いをどう見ておられますか?
シライ:全く初めましてで「あ、面白い方だな」と思いました。何が面白いかは、ここでは言えないんですけど。(笑) 僕が今までお仕事してきた俳優さんの誰ともタイプが違うし、育ってきた畑も違う。僕は時には社会派と言われたりもして、元々小劇場でやってきたので、華やかな世界で育ってきた人とやるのは本当に面白いと思うんですよね。僕自身がエンタメ気質じゃないので、ついマニアックにものを作りがちなんですが、今回はそうじゃないところに作品を持っていかなきゃいけないので、頼りにしています。ちょっと話をしただけで、非常にストイックで表現に対して真摯な役者さんだということはすぐわかったので、心強いです。とっても楽しみです。

新木:たぶん役者が自由でいられる現場を作ってくださる方なんだろうなと。俳優の個性や感性をうまく作品に取り入れてくださる演出家なのかなというのは、ここ数日、数回お会いした中で感じることです。その上で、演出家という舵取りのポジションにいるからこそ、目的地を見失わないように大まかなルートは決めているけど、目的地にたどり着くまでの内容に関しては、クルーの個性をうまく利用して、より加速して、目的地以上のところに到達できる可能性を潰さないように進めていってくださるのだろうなと思っています。

【死ねばいいのに】チラシ表(文字有)

舞台『死ねばいいのに』
原作 京極夏彦=「死ねばいいのに」(講談社文庫)
脚本・演出=シライケイタ
出演=新木宏典
津村知与支 宮﨑香蓮 伊藤公一 阿岐之将一 魏涼子 福本伸一
劇場名=紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
公演期間=2024年1月20日(土)~28日(日)
公式サイト http://stage-shinebaiinoni.jp/

新木宏典 スタイリスト:当間美友季(KIND)
セットアップ ¥69,080、シャツ ¥25,080(Ayne tokyo @ayne_tokyo)

新木宏典&シライケイタ ヘアメイク:太田夢子(株式会社earch)