
1980年に公開された京都の医大生たちの群像劇『ヒポクラテスたち』の大森一樹監督の最後の映画企画となる本作は、西洋医学を学んだ蘭方医と旧来の唐由来の漢方医が混在した幕末の京都を舞台とした、日本の現代医学の夜明け前を描く医療時代劇。
撮影準備をしていた2022年に大森監督が他界され、一度は幻になりかけたが、大森監督の母校・京都府立医科大学の協力のもと、かつて大森監督の助監督を務めていた緒方明(『独立少年合唱団』(00))が遺志を受け継いで監督を務め作品を完成させた。
幕末の京都の村で貧富の区別や、立場の区別なく市井の人々を救う蘭方医・大倉太吉を佐々木蔵之介が主演として演じ、瀕死の重傷を負ったところを太吉に助けられる気性の荒い青年・新左を『佐々木、イン、マイマイン』(20)など注目作への出演が続く藤原季節が熱演。喧嘩っ早くてバクチ好きな呉服屋の放蕩息子でありながら、妹の峰には優しい兄。そんな彼がどんな変貌を見せるのか・・・物語の起点ともなる大切な役を演じた藤原さんに、撮影を振り返りながら、本作の魅力について語ってもらった。
― 藤原さんは物語の中でとても重要な役を演じられています。本作は、大森一樹監督の生前最後の企画であり、多くの想いが詰まっていると思いますが、このプロジェクトに参加することに、どのような覚悟や責任を感じましたか?
責任重大な役でした。大森監督の企画ということはもちろん、それを緒方明監督が引き継いでいるので、緒方監督が撮りたいもの、見ている世界をどれだけ俳優として表現できるかが大切だと感じました。緒方監督が現場で何を感じてどんな景色を見ようとしているのかをしっかりキャッチできるようにしようと思いました。僕が演じた役は『幕末ヒポクラテスたち』の中でとても大切なキャラクターなので、しっかり務め上げようと思って臨みました。
― 新左という役は、喧嘩っ早くて博打好きというキャラクターですが、この役をどのように捉えて演じようと考えましたか?
最初に脚本を読んだとき、このキャラクターは例えば若い頃の水谷豊さんやジュリー(沢田研二)さんといった、スターダムにのし上がる前に演じてきたような役なんじゃないかと思ったんです。喧嘩っ早くて勢いがあるけれど、愛嬌があって憎めない。もし水谷さんが演じたらどんなふうに演技するだろうと空想しながら役作りをしていきました。

― 水谷豊さんは、昔は今のイメージとは少し違いましたよね。
不良の先駆けというか、ショーケンさんに向かって「兄貴!」と言っている感じ! なので、水谷さんの著作を読んでみたり、いろんな方法で新左を演じるヒントを探しました。
― なるほど、イメージがぴったりというか、ちょろちょろしているけれど憎めない感じがすごく納得できます。
おかしみのある役だと思って演じました。
― 緒方監督が「自由にやっていいよ」とおっしゃったそうですが、具体的に動作や表情など、どの辺を意識して演じられたのでしょうか。
確かに緒方監督から細かい指示はなかったですね。ただ、緒方監督が大切にされていると思うことがあって。それは「大切なセリフほど大切に言わない」ということです。この映画でも、大切なセリフを伝えようとするシーンではカメラが引いているんです。そういった熱量のこもったセリフほど距離を置くという撮り方が緒方監督らしいなと感じて、そこに乗りたいと思いました。欲を出しすぎず、監督がどんな画を求めているのかに徹しようと思っていました。
― それがリアルで自然な、日常の中に出てくる言葉だったりするのですね。
きっとそうだと思います。監督自身が世界をどう見ているかということが、この映画は気持ちいいくらいにしっかりしているんです。カメラワークにブレがないように、監督自身の信念にもブレがない。だから見ていて気持ちいいんですよね。俳優陣も佐々木蔵之介さんや内藤剛志さん、柄本明さんといったブレがない素晴らしい方ばかりなので、そこにしっかり乗っからないと。「思い切りの良さ」を心がけて、そこだけはビビっちゃいけないと思って、一本刀で切り込んでいった感じです(笑)。

― 太秦の東映京都撮影所は初めてだったとか?
初めてでした。実は撮影の前の年にプライベートで東映京都へ行って、中にある小さな神社にお参りしたんです。「東映京都見学ツアー」に参加して回らせていただいたのですが、その神社で「東映京都で撮影させてください」とお願いしたら、本当にこのお話が来たんです!
― すごい!ご利益のある神社ですね。
あと、東映会館という俳優さんの控え室があるのですが、高倉健さんたちが使っていた楽屋やトレーニングルームがあるんです。そこでも「健さん、お願いします」とお祈りしました。本当に撮影が決まったので嬉しかったです。
― その環境の中で撮影してみて、役に入っていく気分はいかがでしたか?
スタッフさんも歴史をくぐり抜けてきた方が残っていて、「あそこに健さんが座っていたんだよ」とか「若山富三郎さんが来た時は大変だったね」といった話をたくさん聞かせてくれました。ヤクザものを演じるにあたって、健さんの写真が飾ってあるのですが、それが僕を見ているわけですよ。「恥ずかしい芝居はできないな」と思って気合が入りました。やはり都内のスタジオで撮る時代劇とは違いました。
― 佐々木蔵之介さんとの共演はいかがでしたか?
蔵之介さんは本当にお芝居に誠実な方で、ずっとセリフのことや脚本のことを考えていらっしゃるので、話しかけるタイミングが凄く難しいんです。ずっと集中されていて、空き時間でもセリフの練習をされているのですが、(タイミングよく)話しかけるとすごく優しくて。蔵之介さんのご実家が酒蔵(佐々木酒造)なので、日本酒をスタッフ全員に配ったりして、心遣いのある方でした。この作品が終わってからも蔵之介さんの舞台を観に行ってファンになってしまいました。舞台上の蔵之介さんは大スターで、一人芝居も凄すぎて圧倒されました。
― 内藤剛志さんや柄本明さんといったレジェンドの方々との共演はどうでしたか?
内藤さんは京都がホームのような方で、エキストラの方がたくさんいる中に内藤さんが現れると、パッと空気が変わるんです。体も声も大きくて、内藤さんが喋るとエキストラの方がどっと笑って、ムードを作るところからお芝居が始まっている感じでした。柄本さんは処刑人の役でしたが、ボロボロの布切れを着て刀を腰に差して立っている。その姿だけで、この人がいかに人の命を預かってきた仕事人かということが伝わってきて、めちゃくちゃ迫力がありました。お二人とも僕の何十倍も忙しく働いていらっしゃって、本当に凄くて尊敬しています。

― 撮影前に緒方監督のワークショップがあったそうですね。
ワークショップというよりは、本読みに近い感じだったのですが、緊張しすぎてあまり覚えていないんです(笑)。蔵之介さんとも初対面だったので。京都に着いてすぐ本読みが始まって、周りにはずっと京都で作品を撮ってきたスタッフがいる中で、ガサガサの声で蔵之介さんや緒方監督の前に座って。「終わった……」と思うくらい、超マイナスからのスタートでした。
― 新左は、長崎から帰ってから元の名前・新三郎と名乗るようになりますが、心境の変化もあり、演じ分けるのは難しくなかったですか?
どちらかというと、新三郎になってからの方が演じるイメージがつきやすかったです。逆にヤクザをやっている時の役がどれだけ悪人になれるかという振り幅を大きくして、戻ってくる時の反動を利用しました。新三郎のイメージは、東映で髪もセットしていただき、新選組の土方歳三のようなザンギリ頭のイメージで切っていただきました。

― 藤原さんのパーソナルなイメージは新三郎に近いかもしれませんが、だからこそ新左のインパクトが大きいですよね。
いかに印象を与えられるかが勝負だったので、プレッシャーはありました。物語のキーとなる転換の重要な役どころですから。
― 居酒屋の卓上での手術シーンも衝撃的です。
撮影の時も盛り上がっていましたね(笑)。居酒屋の店主を演じた吉岡睦雄さんがとにかく騒いでいて(笑)。カメラが回っていない時から賑やかすぎて、監督に「吉岡うるさいな、でもなんで吉岡がこの現場に呼ばれたか一瞬でわかったぞ」と言われていました。そこから周りのエキストラの方も吉岡さんに合わせて騒ぎ始めてお祭り状態でした。僕は血だらけで裸で、12月の京都でめちゃくちゃ寒かったのですが、上でロウソクの火がついていて、ロウが垂れてきて「熱っ!」となるようなサバイバル状態の中で撮影していました(笑)。

― 蔵之介さんが劇中で「うるせえ!」と言っていますが、本当にうるさかったんですね(笑)。
やばかったですよ。台本上ではそんなにうるさい役じゃなかったのでびっくりしました。でもあれで勢いづいて、僕も失神しそうになるくらいまで叫びました。
― また、藤原さんは本作について「日本映画には受け継がれるべき魂がある」とおっしゃっていましたが、この作品を通じて次世代に伝えたい映画の魂とは何でしょうか?
大森一樹監督の言葉を借りれば「映画館に行こう」ということです。僕も映画館が大好きです。あの暗がりのなかで幕末へ飛んでいけるし、国境も越えていける。自分じゃない人間の感情を想像することができるのが映画館だと思っています。自宅で配信を楽しむのも新時代の素敵なことですが、映画館に一歩入って、隣に知らない人が座っていて、でも一緒に一つのスクリーンを見つめて、再び街に出る。そうすると少し街の景色が変わって見える。あの映画体験は映画館ならではないでしょうか。ミニシアターが次々閉館していますが、みんなで映画館を守ろう!というメッセージを伝えていきたいです。
― 最後に、本作を楽しみにされている皆さんにメッセージをお願いします。
『幕末ヒポクラテスたち』は「面白かったね」と言える楽しい映画になっています。最近、自意識に語りかけるようなミニマムな物語の映画が多い気がしますが、ダイナミックに幕末の漢方医と蘭方医の戦いを描き、時代を突き抜けるダイナミズムや、室井滋さんの陽気なナレーションなど、「映画って楽しいな」ということを改めて教えてくれる作品です。その体験を老若男女の皆さんに味わってほしいです。ファミリーで見られる映画だと思います。ちょっと解剖のシーンで「うわっ」となるかもしれませんが、その「うわっ」すらも楽しめるはずです。ぜひ映画館で楽しんでいただければ嬉しいです。
【藤原季節(Kisetsu Fujiwara)】
小劇場での活動を経て、2013年より本格的に俳優活動をスタート。翌年の映画『人狼ゲーム ビーストサイド』を皮切りに、『ケンとカズ』(16)、『全員死刑』(17)、『止められるか、俺たちを』(18)などに出演。2020年には、主演を務めた『佐々木、イン、マイマイン』がスマッシュヒットを記録し、『his』とあわせて同年の第42回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。2021年に第13回TAMA映画賞最優秀新進男優賞を受賞。他にも映画『くれなずめ』(21)、『空白』(21)、『少女は卒業しない』(23)『辰巳』(24)『あるいは、ユートピア』(24)、『災 劇場版』ドラマ「監察医 朝顔」シリーズ(19~/CX)、NHK大河ドラマ「青天を衝け」(21)、Netflixシリーズ「阿修羅のごとく」など、デビュー以降、映画、ドラマ、舞台など幅広く活動を続けている。現在、ドラマ「ちるらん 新撰組鎮魂歌」がU-NEXTにて配信中。NHK「まぐだら屋のマリア」、NHK連続テレビ小説「風、薫る」に出演中。その他待機作に、映画『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』(26年6月26日(金)全国公開)、主演映画『赤土に眠る』(27年公開予定)等がある。

『幕末ヒポクラテスたち』
【STORY】
幕末、京都のはずれの村。大倉太吉は、貧しい者からは診察代をとらず、大胆で爽快、好奇心旺盛な蘭方医。“どんな病も葛根湯”の漢方医・玄斎とは、ディスり合いが日課の犬猿の仲。そんなある日、気性の荒い青年・新左を手術で救ったことから、太吉と新左の人生が変わっていく。やがて村の危機に直面するなか、奮闘する太吉らが見出す明日とは――。
佐々木蔵之介 藤原季節 藤野涼子 室井滋(ナレーション) 真木よう子 柄本明/内藤剛志
川島鈴遥 堀家一希 諏訪太朗 阿南健治 栗原英雄 吉岡睦雄 斉藤陽一郎
監督:緒方明
製作総指揮:大森一樹、浮村理
企画:夜久均 原案:映画「ふんどし医者」©1960 TOHO CO., LTD.
脚本:西岡琢也
プロデューサー:森重晃、菊地陽介
制作プロダクション:ファーストウッド・エンタテインメント/ステューディオスリー/レプロエンタテインメント
協力:東映京都撮影所
配給:ギャガ 配給協力:大手広告
©2026「幕末ヒポクラテスたち」製作委員会
2025/日本/カラー/1:1.85/5.1ch/103分/映倫:G
5月8日(金) 新宿ピカデリー他全国ロードショー
<スタッフクレジット>
ヘアメイク: 須賀元子
スタイリスト: 入山浩章
撮影:松林満美
◆本編映像





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