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『8月の家族たち August:Osage County』。初日前日、公開ゲネプロ驚愕の家族ドラマ、初日前日ゲネプロ レポート!

ピューリッツァー賞・トニー賞5部門受賞、アメリカ、ブラック・コメディの金字塔『8月の家族たち August:Osage County』。が日本初演となった

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撮影:宮川舞子

舞台上には、一軒家の断面が丸ごと収まっているかようなダイナミックなセットがそびえ立ち圧巻。客席に座ると、既にウェストン家に足を踏み入れたかのような心地になる。

冒頭は、この家の主人であり、詩人、そしてアルコール依存症のベバリー・ウェストン(村井國夫)が、ハウスキーピングの面接にきたネイティブ•アメリカンのジョナ(羽鳥名美子)と会話するシーンから始まる。この後、物語の登場人物たちは、彼の存在をずっと引きずり、悩み、思いを巡らす、物語の軸となっていく人物である。

撮影:宮川舞子
撮影:宮川舞子

ベバリーはそれから程なく失踪。薬物の過剰摂取の上に夫が失踪した事で錯乱気味の妻・バイオレット(麻実れい)の元に、三人の娘たちが集まって来る。長女・バーバラ(秋山菜津子)と夫ビル(生瀬勝久)と娘のジーン(小野花梨)、次女で独身のアイビー(常盤貴子)、三女のカレン(音月桂)とその婚約者スティーブ(橋本さとし)。そしてバイオレットの妹マティ・フェイ(犬山イヌコ)とその夫チャーリー(木場勝己)、二人の出来の悪い息子リトル・チャールズ(中村靖日)の一家も集い、それまで決して密な関係とは言えなかった母と三姉妹、そしてその縁者達が一同に会することになる。
何か互いに噛み合なさも抱えながら、一家はこの家の家長の行方を心配するが、ベバリーは近くの湖で亡くなっていたことが、バーバラの同級生で保安官のディオン(藤田秀世)によって知らされる……。

家族の再会シーンでは、それぞれ個性の強い人物達が繰り広げる会話の数々に、滑稽さとリアルさが混ざり合い、ついつい笑ってしまう。
「家族」という関係性において繰り広げられるドラマだからこそ、そのやり取りには遠慮がなく、時に辛辣でもある。既にそれぞれ家庭を持ったり、自立した暮らしをしており、会わない間に互いに知らない事も増え、人には言えない事情も抱えている。
母・バイオレット役の麻実れいは、“異常”と”正常”の揺らぎを時にシニカルに時にコミカルに演じ抜く。バイオレットは、夫の失踪、ガン治療、脳障害、薬物中毒、と、「これでもか」という程の困難を抱えているが、気丈であり、家族が敬遠する程の毒舌ぶりと薬物による躁状態の中にあっても、物事の真をついた知性も垣間見える。彼女がこの家で過ごしてきた年月に興味をそそられる。
しっかり者での長女・バーバラ役の秋山は、父と母から譲り受けた知性を持つ頼れる長女として、そして夫との関係にも揺れる一家の妻としての顔もリアルに演じ、母との葛藤の姿も圧倒的な存在感を発揮する。
強い主張はしないが秘めた強さを持ち、そして困った時にはふと側にいてくれる優しさをもつ、そんなアイビーを常盤貴子は柔らかな空気をまとい巧みに演じる。家族をどこか諦観しているような姿は、一番、観客と近い目線を持つ存在かもしれない。
音月桂演じるカレンは、三女らしく、屈託がなく、自由に生きているように見える。しかしどうも男運が悪く今回のパートナーもとても”普通”とは思えない人物。そんな彼女が実家を離れ生きて来た年月が如何なるものだったのか。想いを巡らせると、決して順風満帆ではなかったのではないかという横顔が浮かんで来る。
母と娘たち、それぞれの生きて来た人生、胸にしまっていた想いが、一気にぶつかり、語られなかった秘密が次々に明らかになる。中盤の食卓のシーンでは、一家を巻き込む母と長女の大喧嘩が展開される。その余りの血気盛んな勢いに圧倒されながらも、どこか可笑しく、そして同時に共感を覚える、一家の騒動を覗き見しているような、そんな作品ではないかと思う。
また今回、バイオレットの麻実れいとその妹マティ・フェイの犬山イヌコの姉妹の配役も、作品の面白みを増している。一見タイプの全く異なる二人が姉妹として、時に語らい、時に拮抗する姿は、作品を豊かなものにしている。
そして生瀬勝久、木場勝己、橋本さとし、といったこの女系家族の映し鏡である男性陣も大きな魅力だ。
キャスト陣のポテンシャルの高さによって、会話の一つ一つが生き生きとした波を生み、その味わい深いセリフの応酬を聞いているだけで、あっという間に時が経ってしまう。

今までも『百年の秘密』『わが闇』(ナイロン100℃)、『黴菌』、『祈りと怪物』『三人姉妹』など、一家や姉妹を巡る群像劇を多く手掛けてきた、ケラリーノ・サンドロヴィッチが、丹念に、そしてテンポよく会話劇を練り上げ飽きる事がない。
観劇後は、きっと自身の身に置き換え「家族」について想いを巡らすような、少しビターで大きな充実感を感じる芝居となるに違いない。

『8月の家族たち August:Osage County』
作:トレイシー・レッツ 翻訳:目黒条
上演台本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演者:麻実れい、秋山菜津子、常盤貴子、音月桂、
    橋本さとし、犬山イヌコ、羽鳥名美子、中村靖日、藤田秀世、小野花梨、
    村井國夫、木場勝己、生瀬勝久 

【東京公演】2016年5月7日(土)~29日(日) Bunkamuraシアターコクーン
  お問合わせ:Bunkamuraチケットセンター 03-3477-9999(10:00~17:30)

【大阪公演】2016年6月2日(木)~5日(日) 森ノ宮ピロティホール
お問合わせ:キョードーインフォメーション 0570-200-888(10:00〜18:00)

企画・製作:Bunkamura/キューブ
後援:WOWOW

<ストーリー>
8月、オクラホマ州のオーセージ郡。うだるような暑さの中、ウェストン家の三姉妹のうち、長女バーバラと次女アイビーが実家に戻ってきた。詩人でアルコー ル中毒の父ベバリーが失踪したというのだ。ベバリーは家政婦ジョナを雇った直後に、姿を消していた。家に残されていたのは、薬物の過剰摂取で半錯乱状態と なり、口を開けば罵声を娘たちに浴びせる母バイオレットだ。長女バーバラは夫のビル、娘のジーンを伴っていたが、家族には明かせない問題を抱えている。両 親想いの次女アイビーもまた、家族には秘密の恋愛を育んでいる。ぎくしゃくした母と娘たちの緩衝材は、陽気な叔母マティ・フェイと夫のチャーリーだ。そし て一家に、衝撃的な現実が突きつけられた。やがて三女カレンが婚約者のスティーブを連れて姿を現す。叔母夫婦の息子リトル・チャールズも到着し、ようやく 一族全員が揃ったディナーのテーブルで、それぞれが抱える鬱積が爆発し…。