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【第35回東京国際映画祭】注目のアジア映画「消えゆく灯火」

毎年、数多くの中華圏の映画を上演してきた東京国際映画祭。今年は広い地域からの作品が集まったが、中華圏の作品については、台湾からは“ツァイ・ミンリャン監督デビュー30周年記念特集“があったとはいえ、香港からは「消えゆく灯火」「神探大戦」、中国から「へその緒」の3本だけで、少々寂しい思いに捕らわれた。

だが、気を取り直して、ゲストを迎えQ&Aを行った作品を紹介しよう。まずは、アジアの未来の「消えゆく灯火」(原題:燈火闌珊)(ワールドプレミア)。10月25日に初上映とQ&Aが行われた。

本作でまず目を引くのは、香港映画の黄金時代のスター、シルヴィア・チャン(張艾嘉)とサイモン・ヤム(任達華)が出演すること。9月27日に発表された2022年の台湾金馬賞の主演女優賞にシルヴィア・チャンがノミネートされたことで、さらに注目された作品だ。

描かれるのは、ネオンを作る腕利きの職人だったネイサン(サイモン・ヤム)の死後、彼のやり残した仕事を引き継ぐ妻・ヒョン(シルヴィア・チャン)の物語。(追記:11月19日、シルヴィアが本作で主演女優賞を受賞した)。

かつて香港といえば、道にまで張り出していた派手なネオンの看板が真っ先に浮かんだものだが、建築法の改正により、ネオンの取り外しが進み、すでに9割以上が消え去ったと言われている。そんな失われつつある香港のネオンが本作の題名であり、テーマとなっている。

Q&Aのゲストとして登場したのは、監督とプロデューサー、そして二人の俳優。

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左から)監督:アナスタシア・ツァン(曾憲寧)、セシリア・チョイ(蔡思韵) ヘニック・チョウ(周漢寧) プロデューサー:サヴィル・チャン(陳心遙)

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曾監督は、元々映像の仕事を志していたのではなく、フランス留学中に多くのフランス映画を見て進路を変えた監督だ。これまでに短編やテレビ作品は手掛けたことがあるが、長編映画は本作がデビュー作。しかもこの日がワールドプレミアとあって、並々ならぬ思いでこの日を迎えたことだろう。

曾監督は、本作制作の経緯を「香港では文芸映画の資金を得るのが難しいが、香港政府が新人映画監督を支援するプロジェクトに応募して選ばれ、資金援助をしてもらい、本作を作ることができた」と明かした。

この点について観客から「(香港で失われつつあるネオンなど)レトロなものや、映画制作の現状へ訴えるものも含まれていると感じたのですが、監督のご意見は?」という質問が出た。曾監督は「資金提供は政府関係機関からで、脚本を提示して修正を求められることは無かったので、この作品について、私自身は制約なく撮れたと思っています。この映画で伝えたかったのは、ネオンに限らず、失われていくものへの郷愁です。失われていくものにも、良いものがある。これからも失われることなく、続いてもらえたらという思いで、この映画を制作しました」との答えが返ってきた。

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「本作が4作目のプロデュース作品です」と挨拶した陳プロデューサーは、日本でも人気のある「狂舞派」シリーズのプロデューサーで、脚本家、作詞家としても知られる。2016年の「哪一天我们会飛」では原作、プロデュース、脚本を担い、香港金像奨最優秀脚本賞を受賞しているマルチな才能の持ち主だ。

「陳さんの作品が素晴らしいと思っていたので、4作品しかプロデュースしていないとは驚きました」と言う観客から「監督は陳プロデューサーからどんなアドバイスをもらいましたか?」という質問が出た。
曾監督が「陳さんは戦友です。脚本を書き始めるときから、撮影・映画祭への出品までいろいろアドバイスをくれて支えてくれました。プロデュースに限らず、創作という点でも、私が見えていないところで気づかせてくれました」答え、陳プロデューサーは「私の作品を見て頂いて嬉しいです。なぜこの作品が4作目かと言えば、私が作るのが遅いからです。これから、もっと頑張って早く作って、1~2年のうちに新しい作品を持って日本に来たいと思っています。その時もぜひ応援していただけば」とユーモアを交えて語った。

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結婚のため、母ヒョンを残して移民しようとする娘役を演じた蔡は、映像に舞台にと大活躍している。2020年の香港金像奨では「幻愛」で主演女優賞にノミネートされた実力派。「上映されたのを初めて見て、日本語字幕がついているのが、とても雰囲気があってうれしかった」と挨拶した。役作りについては「ツァイ監督はのびのびと自由にやらせてくださいました。娘と母親との関係は、愛しているけれど憎んでもいます。たぶん、どの母娘にも、そんな部分はあると思います。私は自分と母との関係を思いながら役作りをしました。今回、母役のシルビアさんが経験豊富な素晴らしい俳優なので、私の演技をサポートしてくださったのが有難かったです。この場をお借りしてシルビアさんにお礼を申し上げたいと思います」と語った。

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「香港の俳優です」とキュートな日本語で挨拶した周は、舞台を中心に活動してきた俳優で、映像へ進出して間が無く、テレビドラマで人気を獲得したばかり。映画出演は本作が初めてだ。役作りについて「まず、この役を僕にくださった監督とプロデューサーにお礼を申し上げます」と感謝を表した。そして、役作りについては「脚本に書かれていることだけでなく、この役がこの作品でどういう役割なのかを監督といろいろ話し、教えてもらいました。自分としては、この映画の中での自分の役割を一番大切にして役を作っていきました」と初々しく話した。

ネオンは単に客寄せの看板だと思われがちだが、実は書道やデザイン、ガスで色を生み出す技術やガラス工芸など、さまざまな芸術と技術の集大成でもあるそうだ。ネオンが失われるということは、それを支えている多くの技術・芸術と、その後継者も失うということ。

香港人が育ててきたネオンとネオン全盛時代への郷愁と共に、移民によって表面化する母と娘の葛藤、そして、香港の若者の経済問題なども織り込んで、移り行く香港の姿を感じさせてくれる作品となっていた。

「消えゆく灯火」(原題:燈火闌珊)
監督:アナスタシア・ツァン(曾憲寧)
製作:サヴィル・チャン
出演:シルヴィア・チャン(張艾嘉),サイモン・ヤム(任達華), セシリア・チョイ(蔡全盛),ヘニック・チョウ(周漢寧)