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「香港映画祭2023 Making Waves」『マッド・フェイト』と『毒舌弁護人〜正義への戦い〜』Q&A

11月2日~5日にYEBISU GARDEN CINEMAにて開催された「香港映画祭2023 Making Waves – Navigators of Hong Kong Cinema 香港映画の新しい力」から、『マッド・フェイト』(原題:命案)(2023)の鄭保瑞(ソイ・チェン)監督と主演の林家棟(ラム・カートン)、『毒舌弁護人〜正義への戦い〜』(原題:毒舌大状)(2023)のジャック・ン(呉煒倫)監督と主演の黃子華(ダヨ・ウォン)が登壇して行われたQ&Aの模様をお伝えする。

『マッド・フェイト』(原題:命案)(2023) ソイ・チェン監督&ラム・カートン登壇
ソイ・チェン監督は、1990年代から林嶺東(リンゴ・ラム)監督やバリー・ウォン(王晶)監督などの下で副監督を務めた後、杜琪峯(ジョニー・トー)で知られる銀河映像に所属し、本格的に監督業を開始。2010年代は西遊記シリーズでも名を馳せた。
ラム・カートンとは2021年第34回東京国際映画祭と昨年の本映画祭で上演され、注目を集めた『リンボ』でもタッグを組んだ仲。
今回上映された『マッド・フェイト』は、占い師・許陽燊(ラム・カートン)が、自らの占いによって災いが降りかかることがわかった人を救おうと悪戦苦闘する物語…と聞けば、コメディタッチのホラーを連想するかもしれませんが、それは冒頭のみ。『リンボ』にあった狂気が底辺に流れるスリリングなサスペンスが続く。後半は、人生の意味や不思議さを問いかけてくるという大展開。画面から圧を感じるほどに熱い映画だ。
香港の人気アイドルグループMIRRORのリーダー楊樂文(ヨン・ロッマン)が、第2主役といった役柄を演じ、カートンと対峙するのも見どころだ。

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【映画上映前挨拶】
ソイ監督は「この作品には香港の文化や運命の考えなどがたくさん描かれていますのでお楽しみください」、ラムは「この作品の中で人類はどうなるのか、未来はどうなるのか、今まで我々が何をやってきたのか。その結果は何か、などが描かれています」と、鑑賞のヒントをくれた。
【上演後Q&A】
ーカートンさん演じるラストシーンは、なぜアクションではなく対話でしたか?
ソイ監督:脚本に元々ある場面で、脚本家から一人の中に魂が2つあるように演じてほしいと要求がありました。
カートン:あの場面は、監督、脚本家に追い詰められていました。現場に行って脚本に書かれた通りにやってほしいという話があり、いろいろと演技指導もありましたが、その時には自分が本当に気が狂ったような気がして、気持ちも非常に落ち着きませんでした。というのは、それまでのキャラクターと物語の展開と、ラストシーンは一貫性がないとうまくいかないものです。しかも、相手役(ヨン・ロッマン)との芝居はどうしたらいいのかと、いろいろ考えて大変でした。このような場面を作って、私の演技を試そうとしているんじゃないかという気もしましたが、監督と脚本家にはちゃんと感謝しないといけないですね。

ーヨン・ロッマンさんの印象は?
カートン:実は5年前から知り合いで、俳優としては新人ですが、個性的な方だと気が付いていました。現場では監督の指導などを受けていました。とてもいい役者です。今回一緒に仕事ができたのは、とても嬉しいことでした。
ソイ監督:オーディションの時に「この人はとてもポテンシャルがある」と感じていました。でも、正直に言いますと、彼がこの役を演じきることができるかどうか、心配もしていました。オーディションと現場は全く違いますし、どこか気が狂っているような難しい役なので、経験の浅い俳優だとハイになってやり過ぎてしまうことがありますから。彼には演技経験があることはわかっていましたが、ちょっと心配でしたね。最初の2日間、現場に現れた彼は戸惑っていたようにも見えたのですが、いろいろとコミュニケーションをとって、他の俳優からもたくさんアドバイスをもらって、次第にこの映画のリズムに慣れて合わせていくことができるようになって、非常に落ち着いてすごくいい演技ができたと思います。

ー音楽ではベートーヴェンの「運命」が印象的でしたが、なぜこの音楽を?
ソイ監督:撮影が半ばを過ぎたところで、「運命」を使おうと決めました。始まりは「運命があなたのところやってきてドアをノックしている」というイメージです。非常に大事な場面や物語が違った方向へ向かう場面等には、大体この曲を使いました。ただオーケストラによる演奏は非常に強力で、これをどう映画の画面に合わせて使うのかは、編集の段階では色々調整をしました。
ーカートンさんの複雑な役の演技プランは?
カートン:基本的に人間は誰でもいろんな側面があって複雑なものだと思います。この映画の中でのこの役柄は、異なる状況の下では異なる態度になるということですね。日常の暮らしの中では、環境に合わせて自分をコントロールすることが多いと思います。今回の芝居も監督からのリクエストもありますしね。私としては演じている時に、心が震えた台詞もあります。やはり運命ってあると思います。でも、その運命に逆らうと、悲劇が生まれると思っています。我々人間はどうやって自分運命を受け入れるか。そこはとても考えさせられるところだと思います。

ー描かれている女性たちについて。
ソイ監督:社会の底辺で暮らしている人々たちについて、非常に関心を持っています。彼女たちは、ある意味、この時代に生きている代表的な人たちだと思いますので、登場人物を選ぶときにはどうしてもこういう底辺で生きている人、葛藤している人物を取り上げたいと思います。世の中は、こうした人たちを見て見ぬふりしたり、無視したり冷たいことがありますが、私はできるだけ作品の中で、このような人物を取り上げたいと思っています。

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ーアクションではなくて対話でクライマックスを描いた意図は?
ソイ監督:エンディングを100%の会話で終わろうとは思っていません。この作品は、運命とは何か、この運命に逆らうようなことをやってもいいかを描いています。結局のところ、運命はなかなか変えられないという課題を探求しています。一生懸命やっていても、運命に反するようなことは、なかなかできない。「あなたは運命を信じますか?」とよく聞かれますが、私は「はい、信じます」と答えます。でも信じるだけではなく、我々人間も選択の余地はあると思います。この脚本を書くときに、カートン演じた占い師、ロッマンが演じた若者と、年取った警官の3人の設定について、いろいろと話し合いました。実は、この3人はキャラクターが表していることがあります。若者は欲望で、カートンの役は同情心で、警察の役は理性です。最悪の状況は、同情心がその理性を超えてしまい、その結果、欲望がコントロールを失ってしまうことだと思っています。ただ映画の中ではそのまま描くわけにはいかない。エンディングの場面で我々が語ろうとしている話は、この3人がそれぞれどういう選択するのかという場面です。
この3つの要素は、人間なら誰でも心の中にはあって、悩んだり、葛藤したりしてバランスを取ろうとしていると思いますが、我々人間が善良な心で選択すれば、こういった問題はある程度解決することができるんじゃないかと思っています。

「時間なので、質問は終了と聞いた」ソイ監督:は「もっと質問があれば、僕に電話くださいね!」と笑顔をのぞかせ、「日本で自分たちの映画を上演するのは、とても嬉しいことです。これからも香港映画を撮って、日本でお見せして、このような形でお話できれば嬉しいと思っています」。

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カートンは「映画をご覧頂いて、この映画のメッセージを持ち帰って考えていただければ嬉しいです。“聽日會更好嘅”「あしたはもっといい」という考えが大切だと思います。この映画の中にも、このメッセージがあります。今の世の中は生きづらいですが、諦めずに“聽日會更好嘅”という気持ちでいきたいです」と日本語を交えてのメッセージを残してくれた。

『毒舌弁護人〜正義への戦い〜』(原題:毒舌大状)(2023)のジャック・ン(呉煒倫)監督と主演の黃子華(ダヨ・ウォン)が登壇

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香港での映画の興行成績を塗り替える大ヒットとなった本作。初監督のン監督と、プロモーションでは初来日のウォンが登壇した。
ン監督は2000年に香港演藝學院電影電視學院を卒業後、これまでに数多くの脚本を手掛け、多くの賞にノミネートされてきた。
ダヨ・ウォンは俳優を志すもなかなか芽が出ず、スタンドアップコメディで人気を博したことをきっかけに、テレビドラマでも活躍。更なる人気を得て映画・舞台にと活躍。歌手としても人気のエンターティナーだ。

ー本作がここまで大ヒットすると予想していましたか?
ン監督:ヒットした第一の理由は、香港人がウォンさんを大好きだからです。
ウォン:「牡丹雖好,全仗綠葉扶持」(牡丹がいくら美しくても、緑の葉があって初めてひきたつ)と言われますが、いくら俳優が魅力的でも、良い作品がないとダメだと思います。俳優は葉、監督こそ牡丹です。監督に感謝しています。
ン監督:2つ目の理由は、香港人は正月の年賀の後には映画館で正月映画を見る習慣がありますが、コロナ禍のために3年間の年賀の外出ができなかった。今年3年ぶりに正月映画を見に行くることができ、この映画が一番良い時期に公開されたからです。
3つめの、大きな理由は、香港人の心の声をうまく表現でき、映画を見てスカッとできたことです。

ーキャスティングについて。
ン監督:まずウォンさんの話からします。ウォンさんが演じた林涼水は、口は上手いけれど性格は悪い、嫌な奴です。脚本を書いているときには、キャスティングは考えていませんでしたが、書き終えて人選を始めてみると林涼水とウォンさんと似ているところがあると思えました。ウォンさんは才能あるスタンドアップコメディ俳優で、口が上手く人気があります。なぜ人気があるかと考えると、なぜかちょっといやらしいところがあって、面白い。そんなところはぴったりだと思っています。

(訴えられた未婚の母を演じた)王丹妮(ルイ―ズ・ウォン)とは、(脚本を担当した)映画「アニタ」(原題:梅艷芳)で一緒に仕事をしました。彼女は勤勉でまじめで、映画初出演で(アニタ役で)したが素晴らしい演技でした。その現場で、自分が監督するときには彼女に出てもらおうと思いました。本妻を演じた廖子妤(フィッシュ・リウ)(も映画「アニタ」にアニタの姉役で出演)からは「私は金持ちでもないし、金持ちの役を演じたこともないのに、なぜこの役を?」と質問されました。彼女はモデルでもあります。インスタグラムにあがっていたたくさんの彼女自身の写真を見せて、目つきなどがこの役にぴったりだと説明しました。でも彼女は「できるかしら」と戦々恐々としながら、この役を引き受けてくれました。
ウォン:監督はいやらしい奴が好きなんです。(笑)
ン監督:すべての役には私の何かが入っています。

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ー法廷シーンが圧巻でしたが、専門用語も多く大変ではなかったですか?エピソードを教えてください。
ウォン:撮影現場というのはひとつのシーンを撮り終えると、はい次、はい次という具合に、想像されるよりも事務的で冷めているもので、今まで出演した作品で、演じた後に拍手をもらったのはこの映画の法廷シーンを含めて2本だけです。もう1本はタイで撮影したときにスタッフが拍手してくれました。この法廷シーンを演じ終えたときに拍手をくれたのは、映画スタッフではなくて、傍聴席にいる弁護士役の人たちでした。私のセリフを聞いて拍手をくれました。それで「励ましてくれるのはよいけれど、私の敵だということを忘れないように」と言いました。(笑)この場面は印象深い場面でしたが、いかがでしたか?(拍手を聞いて笑顔)

たくさんの質問がよせられたのは芸名について。
ーウォンさんのダヨという芸名の由来を教えてください。
ウォン:名前の話をすると長くなりますが、私にとっても皆さんにとっても「世の中では何でも上手くいくとはかぎらないという」教訓になると思います。私が中三のときの英語名はステーブンでした。先生が生徒の名前を読み上げたとき、僕はクラスで6番目のステーブンでした。隣の同級生に「ステーブンっていやだね。どんな名前がいい?」と尋ねたら、彼は「僕はレオ、兄はデオ、だから君はダヨがいい」と。何の意味もない答えなんですよ。それ以来、ずっとダヨという名前が付いて回っています。(笑)
ダヨって、日本語みたいな感じがしますよね。カナダの大学に留学中のとき、DAYOと書くと先生に「ダヨ?日本人なの?」と聞かれたことを覚えています。
それにしても、皆さんはなぜ僕の英語名にこんなに興味があるのですか?(笑)

ー登場人物の名前が香港人らしくないと思いますが、どういう由来でしょうか?
ン監督:主人公の林涼水は、広東語では水に”下手くそ”という意味もあります。裁判官の名前を呼ぶときには名前に官をつけるので、林涼水官となり、下手な裁判官という意味にもとれます。香港人が子供に名付けするときには、陰陽五行(木、火、土、金、水)を調べますが、名前に水の字をつけるということは、その子が火に属しているということで、名前に水をつけてバランスをとっているんです。火を消すには凍った水(凍水)の方が良いのですが、涼水の方が聞こえがよいので、林涼水という名前になりました。
謝 君豪(ツェー・クワンホウ)の演じた検察官・金遠山の名前については、“山水有相逢”山と水は必ず縁があり出会うものという言葉があります。このふたりは性格もやり方もまったく違いますが、正義については共通の理念を持っているので、どこか合うもの、縁があるだろうという思いでこの名を付けました。

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ー続編の予定は?ウォンさんは続編にも出たいですか?
ン監督:今のところ、続編は考えていません。というのはこの脚本を書いていた1年半の間、地獄のように大変でしたので。
ウォン:続編を撮ることになっても、僕には声がかからないと思います。“Everything is wrong!”(何もかもがおかしい)(映画のセリフを立ち上がって叫び、拍手喝采を浴びた)。

ウォンは手を振りながら日本語で「おやすみ!」と言い残し笑顔いっぱいに立ち去っていきました。
「香港映画祭2023 Making Waves – Navigators of Hong Kong Cinema 香港映画の新しい力」
日程:2023年11月2日(木)~5日(日)
会場:YEBISU GARDEN CINEMA
公式サイト https://makingwaves.oaff.jp/
主催:香港特別行政区政府 駐東京経済貿易代表部 香港国際映画祭協会 協力:大阪アジアン映画祭
助成:香港特別行政区政府 創意香港 電影発展基金
https://makingwaves.oaff.jp/