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『女たち』予告編&ポスター解禁!!篠原ゆき子&倉科カナのコメント到着!

タイトル

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ポスター&予告編解禁
篠原ゆき子・倉科カナのコメントが到着!

ストシーンへの緊張で心が動かなくなった私に、高畑さんが掛けてくださった言葉はずっと忘れません篠原ゆき子
「 女たち」の脚本を読んだ瞬間、香織はショートだという強い画が浮かび、髪を切りました。倉科カナ

2020年7月、コロナ禍の真っ只中何度も中止が噂された映画『女たち』の撮影が強行された。記録的長雨にも悩まされ、運に見放されたが如くの最悪の条件の中、主演女優たちは奇跡の名演技を見せ、そしてその圧倒的演技はこの映画を傑作へと押し上げた。

この度、ポスタービジュアル・予告編が解禁された。
また、本作の主人公・美咲を演じた、篠原ゆき子さんと主人公の親友・香織を演じた倉科カナさんからコメントが到着した。

篠原ゆき子さん

・篠原ゆき子 コメント
「わたしはここにいます。あなたと同じ時代に生きています。」
私が胸を張って伝えたいことは、実はそれだけのことかもしれません。
コロナ禍の中でも撮り切ろうという賭けに出てくださった奥山プロデューサー、そして本作りからずっと信頼関係を深めてくださった内田監督に感謝の気持ちでいっぱいです。
また、ラストシーンへの緊張で心が動かなくなった私に、高畑さんが掛けてくださった言葉はずっと忘れません。未熟者なりにスタッフの皆さんに助けていただき、精一杯を出し切ったと思います。「女たち」ご覧いただければ幸いです!

倉科カナさん

・ 倉科カナ コメント
「女たち」の脚本を読んだ瞬間、香織はショートだという強い画が浮かび、髪を切りました。女たちというタイトルとは反して女である事を恨んでさえいる様な役柄だったから、自分の見たくない部分を見つめ、もしかしたらこの先もこの役に影響され日常に戻れないんじゃないか、、、って不安になりながらも思い切って飛び込み撮影に挑みました。生きる事は苦しい。
それでも食いしばって生きぬいていく、泥臭く。汚く。それしかないんだとこの映画を作りながら思いました。映画には蜜蜂が象徴的に出てきます。蜜蜂のように一心不乱に生きた女たちを是非、スクリーンで観ていただけたら嬉しいです。

ホームページURL:https://onnatachi.official-movie.com

来春公開決定!

◆予告編

映画『女たち』
これは、女たちによる女たちのための映画である。世の女たちが観るべき作品だ。男たちには居場所がない。
とある山あいの小さな町。美咲は半身不随の母と二人暮らしをしている。毎朝目覚めると、母の身体をベッドから起こし、用を足すのを手伝い、服を着替えさせ、食事の支度をする。しかし、母は美咲の料理が気に入らない。味が好みではないと、テーブルから皿ごと床に落としてしまう。それを無言でひとつひとつ拾い上げる美咲。薄暗い部屋に凍てつくような空気が流れる。真夏の、蒸し暑い一日が始まるであろう朝なのに。
『女たち』は、壊れそうな、いや、「壊れゆく女たち」の物語である。主人公の美咲は、母の介護をしながら地域の学童保育所で働いている。東京の大学を卒業したものの、就職氷河期世代で希望する仕事に就くことができず、恋愛も結婚も、なにもかもがうまくいかずUターン、40 歳を目前にした独身女性である。美咲に介護される母・美津子は、夫の自死を受け入れられず、自身が半身不随に陥ったこともすべて、「うまくいかない娘」が招いた不幸と美咲をなじり、「あんたなんて生まなきゃよかった」と罵詈雑言を浴びせ続ける。そして、美咲が唯一心のよりどころとしているのが養蜂家の親友・香織。マイペースに充実した人生を送っているように見えるのだが、彼女も人知れず心に深い闇を抱え、精神を患っていた。そんな「女たち」が、山あいの小さな町で、ひっそりと、孤独に、ギリギリの精神状態で生活を送っている。都会暮らしの者からすれば、長閑で平和な田舎暮らしに思え、香織の養蜂園の風景には憧れさえ抱く。でも、「女たち」にとって、そこは逃げ道のない「人生のドン詰まり」の場所でしかないのである。

なんとも救われない話じゃないか、と思うだろう。その通りだ。映画開始5分から、心が痛くなるシーンが続く。美咲と美津子の歪んだ母娘関係は、萩尾望都の『イグアナの娘』を彷彿させるといえばわかるだろうか。娘を否定しつづける毒母、そんな母に反発しながらも自分を認めてもらいたいと心の奥底で願う娘。そこに「介護」という現実がのしかかってくるのだ。お互いに逃げ出したくても逃げ出せない。八方塞がりになった美咲は、家にときどきやってくるホームヘルパーの男・直樹に一縷の望みをかけすがろうとしてしまう。しかしそんなとき、香織が突然命を絶ち、いなくなってしまう。美咲にとって、養蜂家として自立する香織は憧れだった。美咲の心もポキリと折れ、崩壊へと向かっていく──。

わたしのことを信じて、わたしのことを理解して、わたしのことをもっと見て。女たちは女たちに向かってそう訴えている。美咲や美津子、香織だけではない。美咲たち母娘を見守る外国人のホームヘルパー・マリアム、姉が躁鬱気味であることを薄々気づきながらも「ウザい」と思っていた香織の妹・リエ、美咲を目の敵にするモンスターペアレントの母親でさえも。映画に登場する女たちはみんなそうだ。女は女によって救われるのであり、女は女と信じ合うことで強く生きていくことができる。この映画の本質はそこにある。ある種のフェミニズム映画といっても過言ではないと思う。

美咲を演じる篠原ゆき子と美津子を演じる高畑淳子による壮絶なバトル、香織を演じる倉科カナの美しくも狂気に満ちた死にざま、女優たちの熱演は鬼気迫るものがあり圧倒される。しかし、それが押し付けがましくないのは、プロデューサーの奥山和由と監督の内田伸輝が男であることが大きいだろう。「男たちには居場所がない」テーマゆえ、ドキュメンタリーのように、外側の人間として冷めた目線で淡々と撮り続ける。なぜ美咲はいじめられるのか、なぜ美津子は毒母になったのか、なぜ香織は死を選んだのか、余計な説明が何もないのも好感が持てる。

ところで、この映画の裏テーマとなっている「ミツバチ」だが、女王蜂はもちろん、蜜や花粉を集める働き蜂も、針を刺す蜂も全員メスだ。オスは蜜も花粉も集めず、女王蜂と交尾するために存在し、交尾をすると一生を終える。そう、ホロ苦い人生から甘い蜜を集めることができるのは「女たち」の特権なのである。